大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和45年(ワ)17号 判決 1973年5月28日

原告

西村英好

ほか四名

被告

広島県

ほか三名

主文

被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘は各自原告西村英好に対し金一一九万八一六四円、同西村陽子に対し金一一万八八〇〇円、同西村幸典に対し金一〇万八三〇〇円、同部谷本澄子に対し金一三万四一四〇円、同部谷本一典に対し金九万〇七九三円および右各金員に対する昭和四五年一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告西村英好、同西村幸典の被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘に対するその余の請求を棄却する。

原告らの被告上田直昭、同広島県に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告らと被告株式会社北岡組、同加賀谷義弘との間においては同被告らの負担とし、原告らと被告上田直昭、同広島県との間においては原告らの負担とする。

この判決の第一項はかりに執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

被告らは各自原告西村英好に対し金一二九万〇六四〇円、原告西村陽子に対し金一一万八八〇〇円、原告西村幸典に対し金一〇万八八〇七円、原告部谷本澄子に対し金一三万四一四〇円、原告部谷本一典に対し金九万〇七九三円および右各金員に対する昭和四五年一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

(被告ら)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二主張

(請求の原因)

一  事故の発生

左記交通事故により原告らが負傷し、原告西村英好所有のカメラが破損した。

1 発生日時 昭和四三年六月一六日午后五時一五分頃

2 発生場所 豊田郡川尻町一二一番地菊久商会前県道(野呂出登山道)

3 加害車両、同運転者

(イ) 普通乗用自動車(以下上田車ともいう)、被告上田直昭

(ロ) 普通貸物自動車(広四み三九号、以下加賀谷車ともいう)被告加賀谷義弘

4 被害車両 普通乗用自動車(以下原告車ともいう)

同運転者 原告西村英好

同同乗者 原告西村陽子、同西村幸典、同部谷本澄子、同部谷本一典

5 態様 上田車、原告車、加賀谷車の順で右登山道を川尻駅方面に向い下つているうち、先頭の上田車が曲り角付近でスリツプし右回転して急停止したため、後続の原告車が進路を阻まれ自車の左前部を上田車の前部にわずかに衝突して停車したところ、後続の加賀谷車がその前部を原告車の右側に衝突した。

6 傷害の部位、程度

原告英好

入院六五日通院一年半(実通院日数二三二日)を要した外傷性頸部症候群、右上膊両大腿打撲傷の傷害をうけ、右肩胛部より上肢にかけ右手指に神経症状を残す後遺症があり、その程度は自賠法施行令別表障害等級一四級九号相当である。

同陽子

通院八か月一〇日(実通院日数一九二日)を要した外傷性頸部症候群、両肩胛部両下腿両上膊打撲傷、背部打撲傷の傷害をうけ、なお頭部項部右背部肩胛部に神経症状を残す後遺症があり、その程度は前同様一四級九号相当である。

同幸典

通院九七日を要した左肩胛部右上腕打撲傷、右側頸部打撲傷の傷害をうけた。

同澄子

通院八か月一〇日(実通院日数一九五日)を要した外傷性頸部症候群、両背部打撲挫傷、右上膊打撲傷、両足背打撲挫創兼足関節挫傷の傷害をうけ、なお頭部項部左肩胛部に神経症状を残す後遺症があり、その程度は前同様一四級九号相当である。

同一典

通院九七日を要した右腕関節上膊肘関節挫傷、右膝部打撲傷、右肩胛部挫傷、右肩胛部打撲傷、項部打撲傷の傷害をうけた。

二  責任

1 本件事故現場の道路は、被告県が道路舗装工事中で、路面にコールタールや油が多量に流してあり滑りやすい状況にあつた。従つて、自動車運転者としては、速度を落とし曲線になつた地点ではゆるやかに曲るなど慎重な運転をし事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。しかるに、被告上田はこれを怠り、時速三〇キロメートルの速度で本件曲り角にさしかかつた際減速してゆつくり曲ることをしなかつたため、運転の自由を奪われて滑走し半回転して道路中央付近に漸く停止した。原告英好は曲り角の手前から速度を落としゆるやかにハンドルを切つて曲り角にかかり、上田車の滑走を発見しとつさに制動装置を作動させハンドルを左に切つたが数メートルスリツプして自車左前部を上田車の右前部にわずかに接触させて停車した。このように、原告車が曲り角の少しかくれた地点の滑りやすい道路中央付近に急停車せざるをえなくなり後続車の追突を招く危険にさらされたのは、被告上田が右のように運転を誤つたためである。ところが、原告車に後続していた被告加賀谷は、被告上田同様注意義務を怠り、十分な車間距離をとらず漫然原告車に追従したため、前記状況を後方約一五メートルの地点で発見し、あわてて急制動の措置をとつたが間に合わず自車前部を原告車右側部分に衝突させた。よつて、本件事故は被告上田、同加賀谷の運転上の過失と後記道路設置管理の瑕疵が競合して生じたというべきである。

2 被告株式会社北岡組(以下単に被告会社ともいう)は加賀谷車の所有者であり、かつ本件事故はその従業員である被告加賀谷が被告会社の業務執行中に前記過失により起したものである。

3 本件事故現場の道路は、被告広島県が設置し管理する県道であるところ、当時路面にコールタールや油を多量に流して滑りやすい状況のまま放置し、しかも、道路工事中で危険であることをしらせるべき何らの標識も設けていなかつた。このことは、前記事故の態様にてらすと、本件事故に原因を与えていることが明らかであるから、右道路の設置および管理に瑕疵があつたというべきである。

4 よつて、被告上田および同加賀谷は民法七〇九条、被告会社は自賠法三条および民法七一五条、被告県は国家賠償法二条一項により、それぞれ、原告らが本件事故によつてうけた左記損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

(一) 原告英好 二〇三万九三六八円

1 休業による逸失利益 四一万二四〇一円

原告は事故当時三六才で、東洋工業株式会社に組立工として勤務し、一か月平均六万二〇九五円の賃金を得ていたほか、余暇にタカキベーカリーで働き相当の収入をあげていたが、本件負傷のため昭和四三年六月二〇日から同年七月二五日までおよび同年九月二七日から同年一二月一〇日まで合計一一一日間欠勤を余儀なくされ、次の得べかりし利益を失つた。

給与一一一日分 二二万九七五〇円

賞与減少分 六万〇一五一円

副業収入喪失分 一二万二五〇〇円

2 労働能力低下による損害 五二万八九九七円

原告英好は同四三年一二月一一日復職したが長期間欠勤し、かつ後遺症のため労働能力が低下したことも重り、梱包事務員に配置換えされ、同四四年度において一万六一二七円、同四五年度以降毎年三万二二五六円の賃金の減少を見ることとなつた。就労可能年数を二五年として複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、右損害の一時払額は五二万八九九七円となる。

16,127円+32,256円×15.944=528,997円

3 慰謝料 一〇〇万円

本件負傷のため原告英好のこうむつた精神的苦痛を慰謝するに相当な額である。

4 指圧治療費、通院バス代 一万三三三〇円

5 雑費

電話料 七四〇円

診断書料副食費等 七万五九〇〇円

6 原告車を修理工場に運搬した費用 五〇〇〇円

7 カメラ修理代 三〇〇〇円

(二) 原告陽子 七三万二八〇〇円

1 休業による逸失利益 二一万〇〇〇〇円

内職により月平均三万円の収入があつたところ、本件負傷のため七か月間休業を余儀なくされたことによる逸失利益である。

2 慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

本件負傷により右原告のこうむつた精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額である。

3 指圧治療費 一万一〇〇〇円

4 同通院バス代 一万〇五〇〇円

5 電話料 一三〇〇円

(三) 原告幸典 二〇万八三〇〇円

1 慰謝料 二〇万〇〇〇〇円

本件受傷により幸典がうけた精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額である。

2 指圧治療費 六八〇〇円

3 眼鏡修理代 一五〇〇円

(四) 原告部谷本澄子 七四万八一四〇円

1 休業による逸失利益 二一万〇〇〇〇円

自家営業の鉄工業に従事し月平均三万円の収入を得ていたが、本件負傷のため七か月間休業を余儀なくされたことによる逸失利益である。

2 慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

本件負傷により澄子のうけた精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額である。

3 指圧治療費 六〇〇〇円

4 雑費

電話料 三四〇円

通院バス代 六九〇〇円

診断書料その他 二万四九〇〇円

(五) 原告一典 二〇万五八〇〇円

1 慰謝料 二〇万〇〇〇〇円

本件負傷により一典のうけた精神的苦痛に対する慰謝料相当額である。

2 指圧治療費 五八〇〇円

四  以上の次第で、被告らに対し、前記損害(原告英好については後遺症保険金一一万円を控除した残額)のうち原告英好は一二九万〇六四〇円、同陽子は一一万八八〇〇円、同幸典は一〇万八八〇七円、同澄子は一三万四一四〇円、同一典は九万〇七九三円および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和四五年一月一一日から支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの認否)

(被告上田)

一  請求原因一項の事実は傷害の部位程度および物損の点を争い、その余は認める。

二  同二項1のうち被告上田に運転上の過失あることは否認する。被告上田は、事故現場が道路工事仕上直後で路面にコールタールが塗付されていたので、時速二五キロメートルに減速してカーブを左に曲つたところ、前方左側にローラー車が置いてあつたためハンドルを右に切り避けんとしたがスリツプし車体が半回転して停止した。そして、停止した上田車に原告車が追突した。スリツプすることは制動距離が延びることで、追突の原因となるものでなく、むしろ追突回避の可能性を増すことである。本件追突は、原告英好が車間距離を十分とらなかつたか、あるいは前方注視を怠り減速しなかつたため生じたものであり、被告上田に運転上の過失はない。

三  同三項の事実は不知。原告車が上田車に追突した衝撃は軽微であつて、原告らが身体に打撃をうけたのは、そのためではなく、被告加賀谷車に追突されたためである。

(被告会社および被告加賀谷)

一  請求原因一項の事実は傷害の部位程度および物損の点を除き認める。

二  同二項1のうち被告加賀谷に運転上の過失あることは争う。加賀谷車は原告車の後方を数十メートルの車間距離をとり時速約二〇キロメートルで進行しており、平素であれば十分停止できるはずであるが、路上にコールタールや油が流してあつたため制動がきかず原告車に接触したものである。

同項2のうち、被告会社が加賀谷車を所有し自己のため運行の用に供していたこと、被告加賀谷が被告会社の従業員であることは認める。

三  同三項の事実は不知。

(被告広島県)

一  請求原因一項の事実は傷害の部位程度および物損の点を除き認める。

二  同二項のうち本件事故現場の道路が県道野呂山公園線であることを認め、その余は否認する。

右道路は昭和四三年七月一日開通目標に建設中の未完成道路であり、その供用開始の期日は同年七月二日である。本件事故当時被告県は訴外株式会社岡田組と右道路建設請負契約を締結し、訴外日本舗道株式会社がこれを下請施行中であつた。従つて、道路の供用開始がなされない間に生じた本件事故については、被告県は右道路の設置ならびに管理義務を有しない。

三  そうでないとしても、本件事故当時、右道路は片側上り線部分は補装工事を終え通行に支障はなかつた。片側下り線部分は舗装工事中であり、本件事故現場付近は約八〇〇メートルにわたり、アスフアルト乳材(タツクコート)を散布していた。タツクコートは、歴青材料あるいはセメントなどを用いた層とその上に舗装するアスフアルト混合物の層との付着をよくするために散布するもので、その散布により道路がすべりやすくなることはない。また、右工事現場の道路の両端にバリケードを設け、片側通行可能であることを示し、また舗装工事施行中のため一〇キロメートル以内で徐行するようにとの注意標示板二枚を設置し、かつ、センターライン上にセーフテイコーンを約三〇箇所に据付けていた。よつて、被告県には本件道路の設置ならびに管理に瑕疵はない。

(被告県の抗弁)

原告英好は本件事故により強制保険から後遺障害補償として一一万円を受領しているから、その主張の損害に充当されるべきである。

(被告会社の抗弁)

本件事故は被告県の道路管理の瑕疵によつて生じたもので、被告加賀谷および被告会社は無過失である。

(被告上田の抗弁)

本件事故後同四三年六月二三日原告英好と被告上田間に、原告英好は被告上田車の修理費を全部負担し、原告車の損害は被告加賀谷が全部負担することとし、相互にその余の請求をしない旨の示談が成立し、現に原告英好は上田車の修理費を負担している。

(抗弁に対する原告英好の認否と再抗弁)

一  後遺障害補償として一一万円を受領したことは認める。

二  原告英好と被告上田間に被告上田主張の示談の成立したことは認める。右示談が成立したのは、事故直後のころであつて、その負傷が加療一週間により全治する程度と診断されていたことを前提としてした。ところが、その後意外にも前述のように傷害の程度が重く治療が延び損害が拡大した。そしてこのような結果となることは、右示談当時予想されなかつたことであるから右示談は要素に錯誤があり無効である。

三  被告会社および被告加賀谷の無過失は争う。

(再抗弁に対する被告上田の認否)

再抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一項の事故発生の事実は、原告らの傷害の部位程度およびカメラ破損の点を除き当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると、本件事故により、原告西村英好は外傷性頸部症候群、右上膊両大腿挫傷の傷害をうけ、小坂外科に、昭和四三年六月一七日から同年九月二六日まで通院、同年九月二七日から同年一一月三〇日まで六五日間入院、同年一二月一日から同四四年六月三〇日まで通院して治療し、なお右肩胛部より上肢および右手指に神経症状を残す後遺症があり、その程度は自賠法施行令別表障害等級一四級九号相当であること、原告西村陽子は外傷性頸部症候群、両肩胛部両下腿両上膊打撲傷、背部打撲傷の傷害をうけ、同四三年六月一七日から同四四年二月二七日まで小坂外科に通院して治療したこと、原告西村幸典は左肩胛部右下腿打撲傷、右側頸部打撲傷の傷害をうけ、同四三年六月一七日から同年九月一一日まで小坂外科に通院治療したこと、原告部谷本澄子は外傷性頸部症候群、右膝部打撲傷、両足背打撲挫創、足関節挫傷、右上膊打撲傷、両背部打撲傷の傷害をうけ、同四三年六月一七日から同四四年二月二七日まで小坂外科に通院治療したこと、原告部谷本一典は右腕関節上膊肘関節挫傷、左肩胛部挫傷、右肩胛部項部右膝部打撲傷の傷害をうけ、同四三年六月一七日から同年九月一一日まで小坂外科に通院治療したこと。原告英好所有のカメラ一個が破損したことをそれぞれ認めることができ、格別反対の証拠はない。

二  次に、被告らの責任の有無について判断する。

1  〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

本件現場は呉市と三原市を結ぶ国道一八五号線と野呂山有料道路とを結ぶ県道であり、事故当時株式会社岡田組が被告広島県から舗装新設工事を請負い、日本舗道株式会社がこれを下請して、同四三年七月一日開通を目標に工事中であつた。右工事は片側ずつ施工され、左側上り車線はほぼ舗装工事を終り自動車の通行に支障はなかつたが、右側下り車線は最後の滑り止めアスフアルトコンクリート工事を残していたので上り車線より約三センチメートル低くなつていた。事故の前日である同四三年六月一五日午後事故現場の上下約五〇〇メートルにわたり、滑り止めアスフアルトコンクリートの付着をよくするため表層土上にアスフアルト乳材(タツクコート)を散布していた。しかし天候不順で水分の蒸発が十分でなかつたので散布当日および事故当日は滑り止め工事は施工されず、滑りやすい状態であつた。事故現場付近の道路は幅員約七・五メートル(二車線)約五度の下りこう配のあるゆるやかな曲り角のある場所であつた。上田車は、下り車線を時速約三〇キロメートルで下り右曲り角付近に達したころ滑走し路面にハンドルをとられそうになつたうえ、進路前方約三〇メートルの地点に工事用のローラー車を発見したため、急ブレーキを踏みハンドルを右に切りサイドブレーキを引いて上り車線に乗り入れようとしたが、前車輪が上下車線の境の段落に引つかかり後輪が左にスリツプして半回転して停車した。原告車は右下り車線を上田車と約二五メートルの間隔をとり時速約二五キロメートルで追従していたとき、前記のように上田車が急にハンドルをとられ転回しはじめたのを発見し、急ブレーキをかけハンドルを左に切つて避けようとしたが、路面が滑りやすかつたためスリツプして間に合わず、自車左前部が上田車の右前部に僅かに衝突して停止した。被告加賀谷車は右下り車線を原告車と約一〇メートルの距離を保つて時速約三〇キロメートルで追従進行中、前記のように原告車が上田車との接触を避けるべく急停止しようとしているのを見てとつさに急ブレーキをかけたがスリツプして間に合わず、停止した原告車の右側ボデー部分に自車前部を激突させ、よつて原告らに前記傷害を負わせた。日本舗道株式会社係員は事故前日前記タツクコートを施工する際工事区間の両端付近にバリケードおよび舗装工事中のため一〇粁以内で徐行するようにという趣旨の立看板を設け、その間の上下車線の境に約二〇メートルおきにセーフテイコーンを並べ工事中であることを示していた。

以上のとおり認められる。〔証拠略〕によると、同人らは前記バリケード、立看板、セーフテイコーンの存在を認めなかつたことが一応うかがわれるが、これらの者は三重追突の結果に気を奪われこれらの設置に気づかなかつたとも考えられる。また甲五号証実況見分調書によると、事故現場付近にセーフテイコーンの設けられていたことの記載がないことが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、通常の追突事故として扱われ、工事施工者若しくは道路管理者の過失被疑事件として捜査されなかつたりしたため見落されたおそれのあることが認められる。したがつて、これらはなお前記認定事実を左右するに足りず、ほかにこれをくつがえしうる証拠はない。

2  このように工事中で滑りやすい曲り角のある下りこう配の道路を相次いで下るにあたつては、後続車の運転者としては、平地の普通の道路を進行する場合以上に、前方を注視し、万一先行車が急停止若しくは方向転換したときでもこれに追突するのを避け安全に停止するために必要な十分な車間距離を保つて運転すべき注意義務がある。ところで、前記認定事実にてらすと、最後続車を運転していた被告加賀谷において、右注意義務を怠り僅か約一〇メートルの距離を保つただけで進行した過失があることが明らかであるが、先行車を運転していた被告上田に原告主張のような運転上の過失を認めることはできない。かりに、同被告に急停止の方法等に多少適切を欠いた点があるとしても、原告らの負傷等は原告車と上田車との接触によつて生じたとは認められないから、いずれにしても、被告上田の責任を問うことはできない。

3  次に被告広島県の責任について考えてみるのに、前記事実によると、本件事故は道路の供用開始前に生じたことが認められるが、〔証拠略〕によれば、本件道路工事は被告県の呉土木建築事務所の監督下に行われたことが認められるのみならず、上記のように現実に片側通行を許していたのであるから、たとい供用開始以前であつても、未完成道路を安全に管理する義務があるといわざるをえない。ところで、前示認定事実によれば、本件道路の下り車線が舗装工事中であることは一見して明白であつたこと、本件事故発生の前日から工事施工者により、本件タツクコート工事施工区間の両端付近にバリケードおよび徐行注意の立看板が設けられ、また上下車線の境にセーフテイコーンを並べ片側工事中であることを示し、通行車両の注意をうながしていたことが認められ、右工事中の表示は本件道路通行の車両に対する警告として完全とはいえないにしても一応その目的を達しうるものであるというべきであるから、右工事施工者ひいてはこれを監督する発注者たる被告県に道路の建設管理につき瑕疵があるということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

4  被告会社が加賀谷車を所有し自己のため運行の用に供していたこと、被告加賀谷が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがなく、前示認定事実によると、本件事故は被告加賀谷が被告会社の業務執行中運転上の過失によつて起したことが認められる。よつて、被告会社は運行供用者または使用者として、被告加賀谷は直接の行為者として、本件事故により原告らのうけた後記損害を賠償する義務がある。

三  損害

(一)  原告西村英好分 一三〇万八一六四円(残額一一九万八一六四円)

1  休業による損害 三九万四九〇一円

〔証拠略〕によると、原告は本件事故当時東洋工業株式会社に組立工として勤務し、三か月間(就労日数七七日)に一七万三九二七円の収入を得、またその余暇にタカギベーカリーに一日四時間一か月平均二五日働いて一万七五〇〇円の収入をあげていたが、本件負傷により原告主張のように一一一日間欠勤したほかアルバイト先を六か月間休業することを余儀なくされ、左記のように得べかりし利益を失つたことが認められる。

(イ) 一一一日分の賃金 二二万九七五〇円

(ロ) 同四三年下期賞与減額分 二万八三七三円

(ハ) 同四四年上期賞与減額分 三万一七七八円

(ニ) アルバイト収入喪失分 一〇万五〇〇〇円

(700円×25×6)

計 三九万四九〇一円

2  労働能力低下による損失 一五万六八九三円

〔証拠略〕によると、原告英好は同四三年一二月一一日から就業したが、長期間欠勤したうえ、前記後遺障害のため稼動能力が低下し、組立工から梱包包装係に配置換えされたりしたため昇給遅延等により同四四年一月から同年一二月までの間に一万六一二八円(1344円×12)の賃金減収を見たこと、および同四五年以後五年間引続き毎年三万二二五六円(2688円×12)ずつの賃金減少を見るであろうことが認められる。これを毎年々末に支払をうけるものとして年別複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除するとその一時払額は一四万〇七六五円となる。しかし、右以上定年時まで右損害が続くことを認めうる証拠はない。よつて、前記損害の合計は一五万六八九三円といえる。

(16,128円+32,256円×4.364=156,893円)

3  慰謝料 七〇万円

前記認定の事故の態様、傷害の程度、治療期間、後遺障害の存在等の諸事情によれば、本件事故により原告英好のうけた精神的苦痛に対する慰謝料は七〇万円が相当である。

4  指圧治療費、同通院費 一万三一三〇円

〔証拠略〕によると、原告英好は広島市東雲町、佐伯郡廿日市町等の指圧医のもとに通院して治療をうけ、治療費として一万一八〇〇円、通院バス代として一三三〇円を支出し同額の損害をこうむつたことが認められる。

5  入院中の諸費用 三万五二四〇円

〔証拠略〕によると、原告英好は、前証入院の際左記費用を支出し同額の損害をうけたことが認められる。

(イ) 電話科 七四〇円

(ロ) 診断書作成料 一〇〇〇円

(ハ) 看護婦謝礼 四〇〇〇円

(ニ) 医師謝礼 一万〇〇〇〇円

(ホ) その他の雑費 一万九五〇〇円(300円×65)

6  原告車運搬費 五〇〇〇円

7  カメラ修理費 三〇〇〇円

〔証拠略〕によると、原告英好は原告車を事故現場から呉市の修理工場に運搬する費用として五〇〇〇円、破損したカメラの修理費として三〇〇〇円を各支出し同額の損害をうけたことが認められる。

8  損害の填補

原告英好が自賠責保険から後遺障害補償として一一万円の支払をうけたことは同原告の自認するところであるから、これを前記損害に充当控除すると残額は一一九万八一六四円となる。

(二)  原告西村陽子分 二一万八七三〇円

1  内職休業による損失

原告英好本人尋問の結果によるも必ずしも明らかでなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  慰謝料 二〇万円

前記認定の事故の態様、傷害の程度、治療期間その他の諸事情によれば、本件傷害によつて原告陽子のこうむつた精神的苦痛を慰謝するに金銭をもつてすれば二〇万円が相当である。

3  治療費、通院費、雑費 一万八七三〇円

〔証拠略〕によると、原告陽子は小坂外科通院バス代として六三〇〇円、原告英好同様の指圧治療費として九八〇〇円、同通院バス代として一三三〇円、電話料として一三〇〇円を支払い同額の損害をうけたことが認められる。

(三)  原告西村幸典分 一〇万八三〇〇円

1  慰謝料 一〇万円

本件事故の態様、傷害の程度、治療期間その他の諸事情にてらすと、原告幸典に対する慰謝料は一〇万円が相当である。

2  治療費、眼鏡修理費 八三〇〇円

〔証拠略〕によると、原告幸典は、原告英好と同様指圧治療をうけ治療費六八〇〇円、破損した眼鏡を修理し修理代一五〇〇円を支出し同額の損害をこうむつたことが認められる。

(四)  原告部谷本澄子分 二二万二八四〇円

1  休業による損害

これを認めうる明白な証拠はない。

2  慰謝料 二〇万円

本件事故の態様、傷害の程度、治療期間その他の諸事情によると、本件受傷により原告澄子のうけた精神的苦痛に対する慰謝料は二〇万円とするのが相当である。

3  小坂外科通院中の諸費用 一万六八四〇円

〔証拠略〕によると、原告澄子は右通院中に左記費用を支出し同額の損害をうけたことが認められる。

(イ) 電話料 三四〇円

(ロ) 通院バス代 六九〇〇円

(ハ) 看護婦謝礼等 九六〇〇円

4  指圧治療費 六〇〇〇円

〔証拠略〕によると、原告澄子は指圧治療をうけその治療費として六〇〇〇円を支払つたことが認められる。

(五)  原告部谷本一典分 一〇万五八〇〇円

1  慰謝料 一〇万円

前記事故の態様、傷害の程度、治療の状況にてらすと、原告一典がこうむつた精神的苦痛に対する慰謝料は一〇万円が相当である。

2  指圧治療費 五八〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告一典は指圧治療をうけ治療費五八〇〇円を支払い同額の損害をうけたことが認められる。

四  以上の次第で、被告会社および被告加賀谷に対し、原告英好において前示損害一一九万八一六四円、同陽子において前示損害の内金一一万八八〇〇円、同幸典において前示損害一〇万八三〇〇円、同部谷本澄子において前示損害の内金一三万四一四〇円、同一典において前示損害の内金九万〇七九三円および右各金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるのでこれを認容し、原告英好、同幸典の右被告両名に対するその余の請求ならびに原告らの被告上田直昭、同広島県に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法八九条九二条但書九三条一項一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例